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蜜月

2013年2月18日

本当は、今日で最後だったT氏のインタビュー。
まだまだ聞きたいことがあるけれど、
あと30分でどれだけ聞けるかな~・・・と思っていたら、

「これ、もう今日で終わっちゃうのかな」

とT氏の口から!

楽しくお話してくれたんですね! よかった。
1か月後に、もう1回お宅を訪問できることとなりました!

そのときには、
本が大体出来上がっている予定です。

本の章建てもだいたい決まって、
全体像が見えてきました。

がんばりますです。
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取材 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/02/18 23:51

2009年という分水嶺

2013年2月12日

この連休に、机まわりの整理を少ししました。
数年前の記録ノートの最初のページに
3年後=2012年の自分について
「だてな〇歳にはなっていないぞ」と大胆宣言している。

そんな自分にけっこうびっくりしている私だが、
この2009年というのは、
自分のキャリアにとってかなり重要な年だったことに気づく。

2008年に、お世話になっていた雑誌が軒並み休刊になり、
それまでやっていた医療系のお仕事と、
必然的に縁遠くなるきっかけとなった。
そして、
友人が引き合わせてくれたエンタメ系の編集者との仕事が始まる。

よくよく見ると、
2009年以前と志向そのものは前後に変わりはない。
それまでも、
細々ながらエンタメ系の仕事を受けているし、
観劇も今以上に力を入れている。

当時はエンタメ系のキャリアをつくるために、
このジャンルで書かせてくれるのならどんな仕事でも、と
ご縁があればやらせてもらうようにしていた。

けれど、
同じエンタメ系でもソリの合わなかった編集者もいたわけで、
中にはそこからのお仕事を意識的に遠ざけたものもあった。

「だてな〇歳」になっていないぞ、と思った自分の
「だてな〇歳」って、何だったんだろう。
思い出せないな。

なんか、思うところあったんだろうか。
自分のテイストがちゃんと評価されてないっていう苛立ちかな。
いや、
「なんでも屋」になってしまいそうな自分への
苛立ちだったような気がする。

2009年の私へ。

レギュラー失っても、
ここぞとばかりにガンガン観劇とか勉強会を入れて、
自分らしさ確立にお金をつぎ込んだ自分に
心から拍手を送ります。

そして、
また3年後くらいを見据えて
「だてな〇歳にはならないぞ!」と
大きな山に向かって、
そのふもとに立って吼えてみせるぞ、と思う。

一歩一歩だな、人生は。
1ミリでも前のめりなら、道は開ける。
よもやま | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/02/12 08:35

祝・初めての蜷川作品記事!

2013年2月10日

ここのところ、
「歌舞伎のことなら」「伝統芸能だったら」と
エンタメ系のお仕事に続々とお声かけいただき、
ありがたく思っております。
今回、
歌舞伎座新開場に伴う四月のこけら落とし公演について
紹介記事を書かせていただくことになりました。
その際、
同じページで蜷川作品についても書くこととなり…。
とってもうれしい!
ずいぶん観てきたからな~。
短い記事ですし、インタビューとか取材はないのですが、
自分なりに蜷川作品の紹介をできることを
とても誇りに思います。
こうした機会を与えていただき、本当に感謝します。

がんばるぞ~!
執筆 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/02/10 11:22

市川團十郎の死の大きさ

2012年2月6日

2月3日に、市川團十郎丈が亡くなった。
市川宗家にとって、節分に成田山で豆まきをするのは恒例で、
その日が彼の命日になるとは、何とも運命的である。

勘三郎、團十郎と立て続けに二人の大切な人を亡くしてしまったが、
勘三郎の死が
「歌舞伎の未来」の喪失を予感させる嘆きを生じさせたとするならば、
團十郎の死には
「歌舞伎のいま」の瓦解をひたひたと感じさせるような
そんなうすら寒さを覚えるのである。

勘三郎は、芸と自分を行き来する人だった。
團十郎は、組織の真ん中にいた人だった。
その違いが、
松竹の株価にまで影響を及ぼしたのだと思う。

誰にでも公平な人だったという。
公平すぎて「嫉妬を覚えるときもあった」と海老蔵は言う。
香川照之に対して
「私が後見になりましょう」と言って猿翁に安堵を与えた人だ。
市川宗家を継ぐ者でありながら、
19歳で親を亡くし、苦労した人らしい優しさがあった。

人にわかりやすく説明するのがうまく、
またそういうことを楽しそうにする人だったともいう。
科学が好きで、宇宙が好きで、家には望遠鏡があって、
歌舞伎のことも、自分のことも、病気のことも、世界のことも、
大きな視点から俯瞰するだけの度量を持っていた。


「歌舞伎の荒事(あらごと)」とは「江戸庶民の厄を祓う儀式」であり
「市川團十郎」とは「江戸の守り神」であり、
自分はいつもそういう気概をもって舞台に立っているとおっしゃっていた。

スーツ姿でいても、眼力に圧倒される人だった。

「白血病を克服して舞台に復帰」などと
たった1行で語ってしまいがちだが、
彼の本を読めば、
何をもって「無間地獄」と表したのかを思い知る。

これからは、本当に神様になって
江戸の私たちを、新しい歌舞伎座を、
天から見守ってくださるはずだと
そんな厚かましい確信が私にはある。

鋭くて、温かいあの目の記憶が、そう思わせるのである。



彼の訃報を聞いた直後の率直な感想は、もう一つのブログのほうに書きました。

彼の書いた闘病記「團十郎復活」についてはこちら
よもやま | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/02/08 10:52

「詳しい人に書いてもらうと違うね」

2013年1月31日

日付を書いて、
ああもう今年も1か月過ぎてしまったと気づく。
ボー然。
この月末は忙しすぎて、
あっという間に10日間くらいが過ぎてしまいました。

さてさて、
今回のタイトル
「詳しい人に書いてもらうと違うね」は、
月曜日に入稿した記事についていただいた
ありがたいお言葉です。
初めて執筆させていただく雑誌だったこと、
レイアウトはいただいたけれど、
過去の見本記事はいただかずに書いたことで、
テイストが合っているのかちょっと心配でした。
手さぐりの中で書いた原稿でしたが、
気に入っていただけたことは、とてもうれしかった。

この週末も週明け締切の執筆が続きますが、
「書くぞ!」というポジティブな元気をいただきました!
ありがとうございます。
執筆 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/02/02 11:22
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